戦後、文字通りの「焼け野原」から力強い復興を成し遂げ、製造業を中心に高度成長期の日本を支えた一大経済圏を築いてきた広島県。2020年、前法相の国会議員の買収疑惑という大きな政治スキャンダルに見舞われ、「政治不信」が深まっている。
そんな中、広島で国政に挑戦しようと政治活動をスタートさせた大井赤亥(あかい、衆議院広島県第2区総支部長)、ライアン真由美(衆議院広島県第3区総支部長)、野村功次郎(衆議院広島県第5区総支部長)の3人はこれまで、政治とは遠い世界でキャリアを築いてきた。「政治不信を乗り越えるために、地域の声をつぶさに聞きたい」と各地をまわる3人に、それぞれの目線で広島の現在地を語ってもらった。
政治学者、防災スペシャリスト、企業役員──広島に集まった新人3人のこれまで
──これまで政治とは離れた分野でキャリアを築いてきた3人が、政治の世界に挑戦しようと広島にそろいました。まず大井さんは今回、なぜ政治家になろうと決めたのか、教えてください。
大井)大井赤亥です。これまで政治学の研究者として、政治思想や現代日本政治を研究し、大学で教鞭も執っていました。
広島市で育ち、高校時代に「世界子どもの平和像」の建立に参加するなど、戦争体験を継承する運動に関わったのがわたしの原点です。東日本大震災以降は、東京で脱原発や安保法制反対のデモにもよく参加しました。
ただ立憲民主党が結成されたとき、「市民側から政治家に注文をつけているだけでいいのか?」という疑問も抱きました。今回、いわば「卵を投げる側」から「投げられる側」になって、政治家と市民の関係を相互に隔絶したものではなく、風通しのいいものに変えていきたいと願っています。
──野村さんはいかがですか?
野村)野村功次郎です。呉市で生まれ育ち、23年間呉市消防局に勤務していました。広島は土砂災害警戒区域指定数が全国で最も多いなど、災害が起こりやすい土地です。現場で災害対応にあたる中で、もっと防災の知識を自由に広めたいとの思いから退職し、講演やドラマ監修などを手掛けてきました。
でも、災害対応に関してはやっぱり政治の影響力が大きい。今年の夏も九州で大規模な水害が起きるなど、災害大国である日本の防災の「これから」を作るために、思い切って政治に挑戦することにしました。
──ライアンさんも、政治に挑戦した理由を教えてください。
ライアン)ライアン真由美です。わたしは一般企業の営業職として働いてきて、最終的には取締役まで任せていただきました。一貫して関心を持っていたのは、女性のキャリア、そして働き方の問題です。
わたしが働き始めた頃、先輩に優秀な女性社員の方々がたくさんいましたが、いったん結婚・出産で退職してしまうと、正社員に戻りたくてもパートや非正規社員での仕事しか選択肢がないといった現実がありました。本質的には、日本企業の雇用そのものに問題がある。長い人生には、子育て、介護、自身の病気などで仕事ができない時期は、誰にだってあります。誰もが直面するこの理不尽を少しでも解決したい、というのがわたしの原点です。
「どうせ他人事だろ」焼き肉屋の大将の言葉に二の句が継げなかった──新型コロナ感染拡大下の飲食店を訪ねて気づいたこと
──広島では昨年の参院選時に起こった、元法相による地元政治家らの買収疑惑で政治不信が高まっています。
大井)広島は保守の強い土地柄ですが、地域の多様な意見を調整して政治に届けようとする風土がありました。でも1990年代以降の日本では「強いリーダーシップ」が言われるあまり、自民党の執行部や首相官邸への権力集中が進みました。そこに「安倍一強」による自民党の慢心が重なって、今回の買収疑惑につながったのではないか。人々の間では「政治は一部の政治家とその周囲の人たちに任せておけばいい」、という雰囲気が広がっていて、買収という重大なスキャンダルによって、政治と人々の間の距離がより開いてしまったと感じます。
──大井さんは4月から、新型コロナ感染拡大の影響をもろに受けている市街地の飲食店を訪ね、支援制度を説明しています。
大井)先日焼き肉屋を訪ねて、ひと通り支援制度の説明が終わったあと、大将がぽつりと「政治もいろいろやってるみたいだけど、どうせ他人事だろ」と言ったんです。それに対してわたしは二の句が継げませんでした。善かれ悪しかれ、いま人々が抱いている普通の感覚だと思います。「政治」というものは、自分たちの生活から離れた「向こう側」にある。
ただ同時に、今までは政治に距離を感じていた飲食店やサービス業の方々も今回、持続化給付金や特別定額給付金が実現されていくプロセスの中で、初めて税金で支援されるという経験をした。事業者の方は支援制度の情報をいち早く知るために、政治の動向を注視していました。そして地域の住民も、近隣の飲食店の大切さに気づいた。つまり街の飲食店にみんなが「公共性」を認めたわけです。
民間の論理で行政や公務員を叩く政治ではなく、むしろ民間事業者や店舗に「公共性」を認め、みんなでそれを必要に応じて支えていく視点が重要です。コロナ危機はその視座のきっかけになりえると思います。その視点をどう説得的に広げられるか、わたし自身、街を歩きながら模索しています。
政治と住民の間の、開いてしまった距離を縮める第一歩は
──ライアンさんは4月から街を回る中で、政治に対してどんな声が目立ちますか?
ライアン)繁華街の飲食店は営業時間短縮で資金繰りが苦しい一方で、美容院やマッサージは通常どおり開いている、ちぐはぐな光景を目にしました。特に郊外の美容院やマッサージは、リモートワークなどで人出が少なくなっていた市街地と違って通常時と同じくらい需要はあり、3密や濃厚接触になりかねませんでした。みんな感染への漠然とした不安を抱えながら、しかし店舗の営業指針や生活の仕方など現実的な対応をどうしていいのかわからない、という雰囲気でした。
こういったゆがみも、国と自治体が十分な連携を取らず、地域や業種ごとの多様な実態に柔軟に対応しなかった結果、つまり政治と住民の距離が開いてしまった結果なのではないでしょうか。
集合住宅に一人で住む高齢女性などを中心に話を聞いてきましたが、皆さん「政治は政治家に任せておけばいい」と言います。でも話を聞く中で打ち解けた方々というのは、わたしを「政治家」というよりは「ちゃんと話を聞いてくれる人」として受け止めてくれている。
漠然とした不安を、ひとつずつ解きほぐしていく活動を通じて、「こういう時は政治を頼ればいいんだ」と、自然に思ってもらえる信頼関係を作っていくこと。わたしにとっての第一歩です。
人口減少に高齢化、基幹産業の縮小。広島の構造的な課題に立ち向かうために必要なこと
──買収疑惑で強まった政治不信は、これからの広島にどんな影響を与えるでしょうか?
野村)住民と政治の距離が遠いと、将来を見据えた街づくりにも影響があるので、政治不信はとても深刻な問題です。全国の地方と同じように、広島県も人口が減り高齢化率も上がっていく、という構造的な課題を抱えています。わたしの生まれ育った呉市も例外ではありません。呉市では、2023年には大手鉄鋼会社の製鉄所が閉鎖して、地域の基幹産業がなくなってしまう。広島県は戦後、重厚長大産業を中心に発展してきましたが、新興国が参入し世界的な競争は激しくなる一方です。
呉のような人口減と高齢化、かつ基幹産業に穴が開く事態が今後、広島の他の地域でも起きる可能性は十分にある。前向きな地域の経済構想を打ち出す必要があります。そんな大事な局面で、政治と住民の距離が遠くては、良い街づくりはできません。まずはとにかく地域を回って、地道に声を拾っていきたいです。
後編では、3人が広島の人たちとつくっていきたい社会像について語ります。
大井赤亥 AKAI OHI
1980年生まれ。広島市立白島小学校、仁保中学校、基町高校卒業。東京大学法学部卒業、同大学院博士課程修了後、東京大学、法政大学、昭和女子大学などで政治学の講師を務めた。著書は「ハロルド・ラスキの政治学」(2019年、東大出版会)。現在、立憲民主党広島県第2区総支部長。Twitterは@AkaiOHI
野村功次郎 KOJIRO NOMURA
1970年、広島県呉市生まれ。広島県立呉三津田高等学校卒業後、呉市消防局で23年間消防士として勤務。退職後は防災家・防災スペシャリストとして、各地で講演活動やテレビ出演、各種テレビドラマ監修を通じ、防災を市民に伝える活動を展開。現在、立憲民主党広島県第5区総支部長。Twitterは@bosaispecialist
ライアン真由美 MAYUMI RYAN
1963年、東京都大田区生まれ。損害保険会社に新卒で入社。米国留学のため退社し、その後ハワイの企業グループで営業、労務・人事など多岐にわたる業務を経験する。帰国後は教育事業を母体とする企業で研究者・技術者向けの翻訳、通訳、英文推敲、異文化研修のフィールドで20年以上取締役として8カ国のメンバーを率いてきた。業務のかたわらワークライフバランス、労働問題、女性の活躍を推進し、2020年春退職。現在、立憲民主党広島県第3区総支部長。Twitterは@mayumiryan